Shinkaが目指すもの

「子ども観」「子どもへの関わり方」を紹介

Shinkaの子ども観

私たち教育研究グループShinkaの「子ども観」を紹介します。

すべての子どもは「未来の宝」です
子ども1

子どもに絶対の信頼を置いた「人間観」が、今、社会に求められているのではないでしょうか。子どもたちはみんな「すばらしい宝」をもっているのです。
 
不幸や、悲しみに沈んだ子どもは、自分に自信が持てず、自分の中にあるすばらしい宝、可能性が見えなくなってしまうものです。そのままでは、子どもは、やがて、卑屈になり、自暴自棄になり、自分で自分を傷つけ、人を傷つけるような行為に走ってしまうことが多いです。
自分の尊さがわからないから、他の人の尊さもわからなくなってしまう。自分自身が、どれほどすばらしい存在であるか。どれだけ計り知れない可能性をもっているのか。子どもに、それを気づかせ、目覚めさせていくのが、教育の根本ではないかと考えます。

すべての子どもは伸びようとする生命力に満ちています
子ども劇写真1

子どもには、「育とう」「伸びよう」という生命力があります。親や教師、周りの大人はあまり心配しないで、どっしりと構え、大きな心で包み、見守ってあげるという面も必要だと思います。
苦労も自分で乗り越えていけば、かけがえのない財産になります。子どもは本来、そうした「乗り越える力」を備えていると実感します。

「学ぶ楽しさ」と「成長する喜び」を経験させてあげることが、教育にとって最も大切なことではないでしょうか。それを味わうことができれば、子どもは自分でどんどん伸びていこうとします。自分の持っている力と、その素晴らしさに気づかせてあげることが大切です。

自然の中で、何時間も過ごしたり、実際に身体を動かして何かをするといった「直接体験」は、子どもにとって大切だと思います。
人間、「肌で感じる」「生命で感じる」といった経験を通してしか、学べないものがあります。単なる知識だけなら、本を読んだり、一人でいくらでも学べるかもしれません。しかし、人間にとって最も大切な「生きる力」というのは、自発的な体験や、人と人との触れ合いのなかでこそ養われるものだからです。

すべての子どもは計り知れない可能性があります
子ども写真2

子どもには計り知れない可能性があります。だから、どんな子に対しても、あの子はダメなどと決めつけてはなりません。

子どもの内に秘められた創造力を薫発していくには、教える側の努力が不可欠です。忍耐が、勇気が、愛情が必要です。
人間を教え育んでいくためには、教師自らが人間的魅力の輝きを放っていなければならないと感じます。哲学者ソクラテスの感化力を、世人が「シビレエイ」のようだと評価したのに対して、彼は、シビレエイは、自分がシビレているからこそ他人をシビレさせることができるのだ、と応じたそうです。
であれば、子どもの「創造性」の薫発は、まさに、教師自身の努めて創造的な日々の中にこそあると思うのです。でなければ、いくら創造性の開発などと言っても、それは絵に描いた餅に終わってしまいます。

創造性ということは、人間に与えられた勲章であり、人間が人間であることの証とは言えないでしょうか。人間のみが、能動的かつダイナミックに、一日そしてまた一日と、より高きものを目指し、新たな価値創造の営みをしていける存在なのではないでしょうか。

すべての子どもは差別なき心の体現者です
子ども写真3

幼児こそ、まさしく国際人の資格である「差別なき心」の体現者と言えるでしょう。人間は大人になるにしたがって、民族や宗教の差異にこだわったり、富や権勢を鼻にかけたりして、その心が曇らされ、差別なき心のつき合いが難しくなってきます。

人間は、子どもの時に身につけた価値観を、ずっと大きくなるまで持ち続けるものです。大きくなってから、それを変えるのは、決して簡単なことではありません。
子ども時代に、きちんと「平和教育」「人権教育」をしていく重要性が、ここにあると考えます。教育の場における、そうした一つひとつの積み重ねこそが、平和を築く礎となると思います。

Shinkaの子どもへの関わり方

私たち教育研究グループShinkaが大切にしている「子どもへの関わり方」を紹介します。

子ども卒業式写真

①子どもを信じる。うらぎられても信じる。

教師が生徒を単に「信じる」のではなくて、どこまでも「信じ抜く」。
それこそが教育の根幹ではないでしょうか。「どこまでも信じ抜く」が教育の中心にしっかりと打ち立てられているかどうかが、教育の成否を決めると言っていいのではないでしょうか。それが信頼関係を築いていく第一ステップだと考えています。まず、教師が子どもたちを信じていく。信じてあげれば、子どもたちは、必ずまっすぐに応えてくれます。
最大の教育環境は教師自身です。施設や制度はもちろん大切ですが、それ以上に、教師の生き方や生徒を思う愛情の深さこそが、子どもたちの心に限りない栄養になると考えます。

どんな子であれ、その人にしか果たせない「使命」があります。だれしも、何かの「才能の芽」を持っています。その芽を伸ばすための最高の養分は「信じてあげること」ではないでしょうか。
人によって、早く芽吹く人もいれば、時間がたってから、急に伸び出す人もいる。しかし、いつかは必ず才能の芽が伸びることを信じて、温かく見守り、根気強く励ましを重ねていくことです。どこまで子どもを信じてあげられるか――周りの「信じる力」が問われていると思います。

たんぽぽ写真

②良い所も悪い所もそのまま受け入れる。

教師は子どもを単に「受け入れる」のではなく、子どもの良いところも悪いところも「そのまま受け入れる」ことが大切だと考えます。いかなる子どもであれ、いっさいの感情を、広く、大きく包みながら、どのように心を開き、納得と共感を広げていくのか。それはすべて、教師の度量にかかっているのではないでしょうか。相手の喜怒哀楽に悠々とさおしながら、自在に、心の奥深くに漕ぎ入っていく度量を築いていくしかありません。

 
語り部写真

③子どもを励まして励まして励ます。

教師が子どもに対して単に「励ます」のではなく、どこまでも「励まし続ける」ことが大切だと考えます。欠点を指摘するよりも、長所を見つけ出してほめてあげること――これは人を育てる際の鉄則だと考えます。
どんな子どもでも、その子ならではの個性と何らかの長所を必ず持っているものです。そこに「追い風」を送ってあげると、才能の芽は急速に開花し、人格的な面でも、驚くほどの成長を見せる例がしばしばあります。
子どもたちの可能性は、もっともっと幅広くみていくべきであり、あたら才能の芽をつむようなことがあってはなりません。

ほめることとお世辞は違います。ほめることは、可能性を引き出すことです。

教え子からもらった定規

④子どもを支え続ける。卒業しても支え続ける。

教師が子どもに対して単に「支える」のではなく、「どこまでも支え続ける」ことが大切だと考えます。子どもたちと向き合う時は、同じ目線に立つことは重要で、とても大切な姿勢です。教育と地道な作業です。一日や二日で結果が出るものではありません。一人の人間を育てるというのは、並大抵のことではありません。それこそ、農家の方が雨の日も風の日も辛抱強く、一日一日と丹精込めて作物を育てるように、心と手間をかけていかなければ本当の教育ではないと考えます。
教師が心を砕いた分しか、子どもたちには伝わっていかないと思います。「心が一番大切」です。その心が、子どもたちの成長の力となり、糧となっていくと思うのです。

 
フォーラム写真

⑤子どもの心と心をつなぐ。子どもと家族、子どもと地域をつなぐ。

「子どもと子ども」、「子どもと教師」、「子どもと家族」「子どもと地域」がつながることが大切だと考えています。また「教師と保護者」、「教師と地域」がつながることも大切だと考えます。友好の拡大には「誠実」な振る舞いが要です。子ども時代にその大切さに気づかせることが重要だと考えます。

自分と違うところを持つ人を尊敬できる「心の大きさ」が友情の土壌です。「大きい心」があれば、その分、すばらしい友情ができます。逆に「小さい心」には、小さな、やせ細った孤独しか育ちません。
人は、子ども時代に身につけた価値観を、ずっと大きくなるまで持ち続けるものです。大きくなってから、それを変えるのは決して簡単なことではありません。なので、子ども時代に友好を築く方法を学ぶことが大切なのです。

インスタグラムロゴ
ツイッターロゴ
フェイスブックロゴ
お問い合わせ